MENU CLOSE

普及と実装研究(D&I研究)ポリシー

これからD&I研究を計画し進めていく上での指針として活用していただくため、RADISHの世話人により「普及と実装研究(D&I研究)ポリシー」を作成しました。本ポリシーでは、D&I研究で共通に含まれるべき8つの要素を提示します。なお、専門領域により研究の特徴も異なるため、本ポリシーでは共通で用いるべき基本的な考えと、D&I研究実施の観点から必要最小限の定義を示すものです。詳細については、参考文献を参照してください。

 

   普及と実装研究(D&I研究)ポリシー   

Ver.2019/12/27

PDF

D&I科学研究会(保健医療福祉における普及と実装科学研究会)

Research Association for Dissemination and Implementation Science in Health: RADISH

 

実装科学implementation scienceとは、学際的なアプローチにより、患者、保健医療従事者、組織、地域などのステークホルダーと協働しながら、エビデンスに基づく介入(evidence-based intervention、EBI)を、効果的、効率的に日常の保健医療福祉活動に組み込み、定着させる方法を開発、検証し、知識体系を構築する学問領域である。

普及と実装研究(dissemination and implementation[D&I]研究)とは、そのために行われる研究である。EBIを組み込む場としては、臨床現場、行政、職場、学校、コミュニティなどがある。なお、D&Iは米国でよく使われる用語であり、カナダでは同じ意味でKnowledge Translation(KT)が用いられる。

 D&I研究と同じ意味で「実装研究」を用いる場合も多いが、普及研究と実装研究を区別する際には下記の定義が用いられる(1)。

 普及研究dissemination research

情報や介入資材を、特定の公衆衛生活動・日常診療の対象に的を絞って届けることに関する科学的研究。  知識と、関連するEBIについての情報を拡散、維持する最善の方法を理解するために行われる。

 

実装研究implementation research

EBIを、臨床やコミュニティの場で採用し組み込むための戦略の使用に関する科学的研究。患者アウトカムを改善し、公衆衛生に寄与するために行われる。

 本ポリシーでは、D&I研究で共通に含まれるべき8つの要素(2)を提示する。本ポリシーはこれから研究を計画し進めていく上での指針として活用することができる。なお、専門領域により研究の特徴も異なるため、本ポリシーでは共通で用いるべき基本的な考えと、D&I研究実施の観点から必要最小限の定義を示すものである。本ポリシーは、今後D&I研究の普及に合わせて、適宜改定を重ねる予定である。詳細については、参考文献を参照されたい。

 

 

1.研究目的

D&I研究における研究目的は、エビデンスとプラクティスのギャップに対処するためのリサーチクエスチョンに答えることである。エビデンスとプラクティスのギャップとは、EBIがあるにもかかわらず広く実施されていない、逆に、エビデンスに基づかない介入が広く実施されている状況を指す。

 

2.EBI

健康関連アウトカムに対しての有効性が実証されている介入を示し、プログラム、診療行為、診療ガイドライン、保健事業、政策など幅広い介入を含む。EBIを選ぶ際には、科学的根拠の強さに加えて、①研究を行う場の文脈への適合、②利用可能な資源、③対象となる場での実施可能性について検討することが重要となる。

 

3.理論的正当化

D&I研究において、理論、概念的フレームワーク、モデルは、起こったことを説明し、概念を整理し、直接見ることができない関係性を可視化するものである。理論、フレームワーク、モデルにはそれぞれ定義があるが、実装科学にはすべて同じ目的で用いられるため、本ポリシーではモデルという言葉を用いる(3)。モデルにより、何を測定し解析すべきか、どのようなEBIを開発・選択すべきか、どのような実装のための戦略(実装戦略)を開発・選択すべきかがわかる。

 

4.ステークホルダーの関与

基礎研究など科学の多くの領域と異なり、D&I研究では、患者、保健医療従事者などのサービス提供者、組織のリーダー、コミュニティの構成員、政策決定者などのステークホルダーを巻き込んでいくことが必須である。介入を成功させるには、ステークホルダーのニーズと取り組むべき課題を把握することが不可欠である。そのためには、選択したEBIと実装戦略がステークホルダーの文脈に適合していること、介入を実施するのに必要な資源があること、介入を維持できることを確認する必要がある。

 

5.実装戦略implementation strategy

実装戦略とは、EBIの採用、実施を助け、持続可能にし、スケールアップさせるための方法である。個人、サービス提供者、組織、コミュニティ、政策のレベルでの様々な実装戦略が用いられている。D&I研究ではEBIにこれら複数を組み合わせた複合的な介入を行うことが多い。D&I研究では、実装戦略の開発、検証、評価が重要な要素となる。実装戦略の定義や分類が定まっていないことが、D&I研究を推進するうえでの障害となっていたが、近年、いくつかの分類が報告されている(4-7)。

 

6.研究チームの専門性

実装科学においては、研究を行う場の文脈、および実装戦略がうまく作用する過程や理由を知ることが重要である。そのため、量的研究手法に加えて、質的な研究手法も用いるミクスドメソッドmixed methodsが良く用いられる。したがって、この手法に習熟した研究者がチームに必要となる。また、D&I研究においては、実装にかかる費用が重要なアウトカムであるため、費用、費用対効果などの経済的評価の専門家の参画も必要である。また,患者、サービス提供者、コミュニティの代表などのステークホルダーは、研究チームの一員として必須である。さらに、D&I研究の経験者がメンターとして加わることが重要である。

 

7.研究デザイン

D&I研究では、リサーチクエスチョン、得られているエビデンス、研究環境(ランダム化の実施が可能かどうかといったような研究の実施可能性など)により様々な研究デザインが考えられる。検証的試験デザインのゴールドスタンダードであるランダム化比較試験デザイン以外にも、個人をランダム化するのではなく地域や学校のような集合をランダム化の単位とするクラスターランダム化デザインが適している場合も多い。また、介入を受ける時期をランダム化するステップドウェッジデザインも選択肢の一つとなる。また、研究の実施可能性の観点より、ランダム化を伴わない準実験的デザインや観察研究デザイン
も用いられる。準実験的デザインには、前後比較やランダム化はしていない群間の比較nonequivalent group design、回帰不連続デザインregression discontinuity design、分割時系列デザインinterrupted time series designなどがある。

システム科学的なアプローチを用い、シミュレーションによって、対象とする場に対する介入の影響を評価する研究も考えられる。モデリングの方法としては、システムダイナミクスやエージェント・ベース・モデルagent based modelingなどが用いられる。

普及・実装しようとしている介入の効果に対するエビデンスの程度によっては、一つの研究の中で、介入の健康アウトカムへの効果effectivenessと、実装戦略の実装アウトカムに対する効果を同時に評価するハイブリッドデザインも考案されている(8)。

また、D&I研究では、量的に評価するべき項目の検討や量的結果の解釈のため、ミクスドメソッドを必要とする場合がある。

 

8.実装アウトカムimplementation outcome

D&I研究で測定される指標は、実装の過程をとらえる実装アウトカム(介入についてのステークホルダーの受容性・適切性・実施可能性の認識、採用度、実施可能性、費用、忠実度、浸透度、持続可能性)に関連したものとなる(9)。どのような指標を測定するかは、モデルによって決定される。現時点では、受容性・適切性・実施可能性については、質的な評価方法が用いられることが多い。

 

 

【引用文献】

1.National Institutes of Health. Department of Health and Human Services. Part 1. Overviewinformation. Dissemination and Implementation Research in Health (R01). https://grants.nih. gov/grants/guide/pa-files/PAR-16-238.html. Published May 10, 2016. Accessed December16, 2019.

2.NetaG, Brownson RC, Chambers DA. Opportunities for Epidemiologists in Implementation Science:APrimer. Am J Epidemiol. 2018;187:899-910.

3.Tabak RG, Khoong EC, ChambersDA, Brownson RC. Bridging research and practice:models for dissemination and implementation research. Am JPrev Med. 2012;43:337-50.

4.Powell BJ, WaltzTJ, Chinman MJ, Damschroder LJ, Smith JL, Matthieu MM, et al. Arefined compilation of implementation strategies: resultsfrom the Expert Recommendations for Implementing Change (ERIC) project. ImplementSci. 2015;10:21.

5.Kok G, Gottlieb NH, PetersGJ, Mullen PD, ParcelGS,Ruiter RA, et al. A taxonomy ofbehaviourchange methods: an Intervention Mapping approach. Health Psychol Rev. 2016;10:297-312.

6.Michie S, Richardson M, Johnston M, Abraham C, Francis J, Hardeman W, et al. Thebehavior change technique taxonomy (v1) of 93 hierarchically clustered techniques:building an international consensus for the reporting of behavior change interventions. AnnBehavMed. 2013;46:81-95.

7.Cochrane Effective Practice andOrganisation of Care Group.Data collection checklist. 2002:1.30. http:// epoc.cochrane.org/ sites/ epoc.cochrane.org/ files/ uploads/
datacollectionchecklist.pdfAccessed December16, 2019.

8.CurranGM,Bauer M, Mittman B,Pyne JM, Stetler C.Effectiveness-implementationhybrid designs: combining elements of clinical effectiveness and implementation researchto enhance public health impact. Med Care. 2012;50:217-26.

9.Proctor E, Silmere H, Raghavan R, Hovmand P, AaronsG, BungerA, et al. Outcomes forimplementation research: conceptual distinctions, measurement challenges, and researchagenda.AdmPolicy Ment Health. 2011;38:65-76.

 


【参考文献】

1.Brownson RC, Colditz GA, Proctor EK. Dissemination and implementation research in health: translating science to practice.2nded. NewYork, NY:Oxford UniversityPress;2018.

総論では、D&I研究の要素に加えて、システム思考、組織行動学、経済的評価など、D&Iの基礎となる分野の紹介があり、本書をきっかけにD&I研究への理解を深めることができる。各論も、地域、学校、職域、医療、福祉、政策、民族・人種マイノリティ、国際保健という幅広い分野を扱っている。

2. Chambers DA, Vinson CA, Norton WE. Advancing the science of implementation across the cancer continuum. New York, NY: Oxford University Press; 2018.

総論がわかやすく簡潔にまとめられている。さらに米国のがん領域でのD&I研究の歴史、がん予防からサバイバーシップまでの研究例も挙げられている。

3. Glanz K, Rimer BK, Viswanath K. Health behavior: theory, research, and practice. 5th ed. San Francisco, CA: Jossey-Bass & Pfeiffer Imprints, Wiley; 2015.

全訳版:「健康行動学-その理論、研究、実践の最新動向-」 木原雅子、加治正行、木原正博訳. メディカルサイエンスインターナショナル. 2018.

D&I研究の解説に一章が割かれている。他の章も、D&I研究への理解を深めるために有用。

4. 島津 太一. 【実装科学と医療の質・安全】保健医療分野の実装研究. 医療の質・安全学会誌. 2018;13:415-20.